2010年7月28日水曜日

影響力への憧れ

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Dur, R., Glazer, A., (2008) The Desire for Impact, Journal of Economic Psychology 29, 285-300.
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労働者は賃金だけでなく「自らの影響力(impact)」に対して選好を持つことがある。実際、「影響力のある人間になりたいです」というような言葉は、大学生や社会人の口から、しばしば発せられるものである。この論文では、労働者が「影響力への欲求」を持つ場合に、それが労働市場における様々な現象にどのような影響を及ぼすか、また、それが様々な現象を説明しうることを示している。

「影響力からの効用」は以下の様に定式化される。各労働者は「自らが会社を辞めた場合に、社会から生産量がどれぐらい減少するか」を「自らが雇われていることの影響力」として考える。しかしながら、労働市場の状況(または失業者の数や、失業者と企業とのマッチングの容易さなど)によって、ある労働者が辞めたとしても、企業が直ちにその代わりを見つけることができる場合とできない場合がある。見つけることができる場合には、雇われている労働者の「影響力」は当然小さくなるし、逆なら大きくなる。

このような設定で、不況下において賃金がなかなか下がらない(wage stickiness)理由や、その他労働者への企業特化した専門技術習得への投資にかんするhold-up問題などを考察している。

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この設定でのキーポイントは、労働者は自らの影響力が大きいと感じるならばその分だけ安い賃金でも労働供給する(逆もまた成立)というものである。そしてこの影響力が、労働市場や雇用環境、技術の差異などによって影響を受けるというものである。効用関数にかんする小さな拡張から、様々な経済現象の解明まで持って行く技術は、見習いたいもの。

しかし、このような設定の「影響力」を、本当に労働者が求めている「影響力」なのかは、疑問が残る。「影響力の効用があるから、賃金が低くても働く」「影響力がないような仕事なら、高い賃金でないと働きたくない」と言葉にしてみると、少し奇妙な感じがする。おそらく人は、「高い賃金をもらったという実感」から、「自らの影響力がどの程度か」を推測するものであるように思うからだ。

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